新型コロナウイルスの感染拡大を受け、うつを訴える人は増えています。日本国内では、うつ病やうつ状態である人が、2020年は倍以上に増えている(2013年調査比)と、経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査でわかっています。
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特に最近は「コロナうつ」という言葉をテレビや新聞などのメディアでよく見かけるようになりました。これまでのうつ、新型うつ、コロナうつの違いなどについて、今回は、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の副院長である堤先生に、新型うつの特徴やこれまでのうつとの違いなどを伺いました。
──よろしくお願いします。少し気分が落ちているとき、自分でも新型うつについて調べたことがあります。それで、症状だけを見ると自分も結構あてはまっているような気がして。
ただ病院に行くほど、症状が重いわけでもありませんでした。結局「新型うつって何なんだろう?」と疑問に思っています。ぜひ詳しく教えてください。
目次
最近、よく耳にする「新型うつ」とは
──「新型うつ」とは、一体何なんでしょう?
そもそも「新型」と言ってるということは「従来型」もあるんです。まずひとつ伺いたいのですが「うつ」と聞くと、どんなイメージがありますか?
──気分が常に落ち込んでいて、何もやる気が起きない……みたいなイメージがあります。
そのようなイメージがありますよね。仕事をしていても、家にいても気分が常に落ち込んでいる。それが「従来型うつ」です。「新型うつ」は「従来型うつ」に当てはまらないうつのことを指しています。従来型うつに比べると、軽症である場合が多いと言われています。
ただ正直なところ、明確に定義することはできません。そもそも「従来型うつ」という概念自体があいまいだからです。これまでも時代の変化と共に変わってきました。
例えば、元々うつは「なまけ者がなるもの」と世間で思われていましたが、1990年頃からは「まじめな方がなるもの」と言われることが主流になりました。
この背景には、以下の3つの大きな出来事が関係しています。
- メディアによって新しい抗うつ薬とともにうつ病が広く世に周知されたこと
- 1991年の電通事件を契機に、過労死が問題視されるようになったこと
- DSMという比較的使いやすい精神疾患の診断基準がアメリカから日本に入ってきたこと
メディアによってうつ病が広く啓蒙されると同時に、電通事件のように「過労死してしまうほどまじめな人がうつになる」という考えが広まりました。
うつ病そのものの広まりと「うつはまじめな方がなるもの」という考えが広まったことで、受診の抵抗感が下がり「自分も、うつかもしれない」と思う方が急増しました。また医師のなかでも、DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)という比較的使いやすい診断基準ができたことで、うつと診断結果を出す医師が増えたと言われています。
その流れに対して警鐘を鳴らすような形で、精神科医の香山リカさんが、2008年に『「私はうつ」と言いたがる人たち』という本を出版しました。この本のなかで「従来型うつ」に当てはまらない「うつ」を訴える人たちのことが触れられています。それをマスコミが「新型うつ」という言葉を使って取り上げ、独り歩きして広がったのです。
これが「新型うつ」の正体です。
そのため、「新型うつ」はマスコミ用語とも言えるでしょう。2013年に日本うつ病学会は、HPで「そもそも新型うつ病という専門用語はありません」と公式見解を述べました。
新型うつは、病気なのか?
──なるほど。「新型うつ」は、いわばマスコミ用語である、と。そうすると、新型うつは病気ではないような気もします。
個人的には、病気と捉えていいと思っています。
何かしらの症状があり、本人が苦しんでいる状態には違いないからです。例えば、その症状が原因で会社や学校に行けなくなってしまっているとします。その方が医療の助けを必要としている。その時点で、病気と定義するのが妥当だと思います。
ただ厳密には、新型うつが病気かどうかは、定義をどこに置くかで変わってきます。現在、猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症のように、何かしらの原因があるものだけを病気とするのか。それとも本人が苦しんでいて、医療の助けを必要としている、原因が不明確であるものも病気とするのか。どちらの立場をとるかで意見は変わるでしょう。
精神科医は基本的に後者の立場をとります。ほとんどの精神疾患は原因が明確には分かっていないからです。ただどちらの立場であっても「新型うつは病気ではないから、放っておいていい」というわけではありません。
なぜ医療の助けが必要かというと、新型うつ以外の病気を発症している可能性もあるためです。例えば、発達障害が原因で生きづらさを感じているかもしれませんし、社交不安症が原因で仕事が上手くいかず、気分が落ち込んでいるかもしれません。
そのような他の病気である可能性も捨てきれないので、本人が苦しい状態であれば、医療の力に頼ってもらえたらと思います。
新型うつの特徴とは?
──新型うつは、「従来型うつ」にあてはまらないというお話がありました。具体的にはどのような特徴があるのでしょうか?
「新型うつ」と呼ばれるものは、DSMのうつ病(大うつ病性障害)の診断基準を満たさないことが多く、適応障害などであることがほとんどです。ただ、新型うつの定義自体があいまいなものなので特徴も明確には言い切れません。
ここからは、あくまでマスコミが発信している特徴だと念頭に置いて、話を聞いてもらえたらと思います。
1. 10代後半から30代前半の方が発症しやすい
以前は従来型うつは、中高年の男性に多いと言われていました。新型うつは従来型うつにあてはまらないものなので、10代後半から30代前半に多いとされているだけです。ただそれだけのことなので、あまり年齢で区別することに意味はないと思います。
ちなみに、原因はわかりませんが、躁うつは30代前半までの方が発症しやすいことはわかっています。
2. 状況依存的である
新型うつは、その方が置かれている状況により、症状が出たり出なかったりすると言われています。例えば、休日は元気なのに、職場では気分が落ちてしまうといった具合です。
これは新型うつの特徴というよりも、このような方たちを見て新型うつと言い出したというのが正確なところです。
3. 他責的で、社会的役割にはこだわらない
新型うつの方は、従来型うつの方に比べると、「会社のせいだ」「社会のせいだ」と訴える傾向があると言われています。
これは時代の流れが大きく反映されていると思います。新型うつという言葉が浸透していない、1990年代から2000年代の日本は、典型的な終身雇用の時代でした。
つまり、会社や社会に反抗したらクビにされて生きていけない時代だったのです。そのため自責的な方が多く、症状が深刻化してしまう傾向にありました。
2008年、新型うつという言葉が出始めてからは、終身雇用が崩壊しつつあり、転職や独立が当たり前の時代になりました。そのため、クビにされてもそこまで問題ないわけです。また1つの会社にこだわりを持つ必要がなくなりました。
4. 診断に協力的である
新型うつの方は、診断結果を積極的に受け入れる傾向があります。これも言ってしまえば、時代の流れです。
うつは「なまけ者がなるもの」と言われていた時代から、「まじめな方がなるもの」と言われる時代へと変化したため、受け入れやすくなったということです。
5. 衝動的に自傷してしまう場合も…
従来型うつでは、自殺まで至ってしまうケースもあります。しかし新型うつは、自殺がないわけではないですが、自殺まではいかずとも衝動的に自傷行為をしてしまうことがあるといわれています。
衝動的であるのは、中高年に比べて、心が不安定な若年層が多いとされているためです。
6. 状況が変わると急速に改善することがある
新型うつの方は状況依存的なので、状況が変われば改善することが起こりえます。例えば、会社が変われば症状が改善するなどです。一方で、何かしらで状況が変化すると、再び症状が出てしまうこともあります。
従来型うつの方は状況に関係なく、ずっと気分が落ち込んでいることがほとんどです。ただ抗うつ薬や通電療法などで、すっきりと治る場合もあります。
7. 思考制止は軽度である
思考制止とは、頭が働かなくなる状態のことを指します。新型うつは、少し集中できないぐらいの軽度の症状の場合が多いです。
従来型うつは、頭にもやがかかっている状態になると言われています。集中できないのはもちろん、決断できない、ミスが増える、何も手につかないなどの症状が出ます。