「部下に対してついカッとなってしまった」「家族の些細な言動にイラッとする」。仕事やプライベートで、誰もが感じる怒りという感情。怒りすぎて自己嫌悪に陥ったり、怒ることを我慢してモヤモヤしたりと「怒りの感情を上手くコントロールしきれない」と悩むこともあるのではないでしょうか?
今回は一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事の戸田久実さんに、怒りとはどのような感情でなぜ生まれるのか、怒りと上手くつきあっていくための方法について詳しく伺いました。
どんな怒りも自分が生み出す。捉え方で抱く感情は違う
──戸田さんは日本アンガーマネジメント協会の理事を務めてらっしゃいますよね。さまざまな人の相談を受けるなかで、最近増えてきている「怒り」にはどのようなものがあるとお考えですか?
働き方の変化からくる怒りが増えてきたと感じています。やはり新型コロナウイルスの影響は大きいですね。転職はもちろん、対面からリモートワークになったり、今まで使っていなかった新しいコミュニケーションツールを使ったりする企業や団体が増えてきました。
時代や環境の変化に対応するとき、誰もが少なからずストレスを受けます。そのストレスが怒りにつながってきているケースが多いのではと感じます。
また、働き方が変わり家庭内でうまくいかなくなったことが増えたという人もいます。具体的には「家で仕事をすると家族がいて、オンとオフの切り替えが上手くできなくなった」「家族が家にいることで、家事の負担が増えた」といったことです。
──大きな社会の変化による怒りの場合、自分ではどうにもならないこともあるように思います。
「これは自分のせいではない。会社や社会の有り様が変わってしまったからだ」と思うのは当然です。ただどんな怒りであっても、それは自分が生み出した感情なのです。同じ環境下で、同じ出来事を体験してもどう捉えるのかは人によって違います。捉え方が違えば、生まれる感情も違うのです。
たとえば、リモートワークになったときに「コロナ禍だから仕方がない」と捉える人と「在宅勤務ばかりで仕事の生産性が落ちる」と捉える人とでは抱く感情は違いますよね。自分以外の誰かや環境のせいにすると、必要以上に怒りを抱くことにもなるでしょう。
“怒り”が生まれるのには2つの原因がある
──そもそも怒りとはどのようなことを発端に生まれる感情なのでしょうか?
怒りが生まれる原因は2つあります。1つ目は「コアビリーフが破られたとき」。「コアビリーフ」とは「べき」という言葉に象徴されるような理想や願望、期待、譲れない価値観のことです。これが破られたとき人は怒りの感情を抱きます。たとえば「コロナ禍ならマスクをするべき」「リモートワークにするべき」といった理想や願望が叶わなかったときですね。
2つ目は「心身の安心・安全が脅かされそうになったとき」です。怒りは防衛感情といわれています。たとえば、階段を降りているときに、後ろから人がぶつかってきて足を踏み外しそうになったら「危ないな!」と怒りを覚えますよね。
また、心が傷つくときも同じです。誰かに馬鹿にされるようなことを言われるとイラッとすることもあると思います。それは自尊心が傷つけられたからなのです。
──なるほど。心の安全が脅かされそうになる状況は、最近SNSでよく見かけますね。
自分がつぶやいた内容に対して批判のコメントがつくと、「匿名で批判してくるなんて!」「相手の意見のほうが間違っている!」と怒る人もいますよね。また、コアビリーフである「このような発言をすべきではない!」「こうすべきだ!」といった発信もよく見受けられます。
誰もが自分の「心身の安心・安全」や「コアビリーフ」を守ろうとしているのです。だから、怒りを感じること自体は決して悪くありません。
──え? 怒るのはいけないことだと思っていました。
嬉しい、楽しい、悲しい、寂しいといった感情と同じですから、怒りを抱くこと自体は悪くありません。重要なのは「怒りの扱い方」です。
怒りを相手にぶつけてしまい、あとから「あんな怒り方をしなければよかった」と後悔したり、罪悪感を抱き自己嫌悪に陥ったり。あとはぐっと抑え込んでしまうこともあると思います。「こんなことで怒ったらみっともない。大人げない」と我慢して、怒りたいけど怒れない。そしていつか爆発してしまう。
しかし怒りを上手く扱うことができれば、行動を起こすモチベーションとしても活用できます。誰かに馬鹿にされ頭にくることがあっても、その怒りを相手にぶつけるのではなく、奮起して自分を磨くエネルギーに変えることもできる。どうしても許せないことがあって怒りを覚えても、それを上手く扱って相手に伝えれば、「熱意」や「真剣さ」が伝わり、何かを変えるきっかけにもなる。このように怒りと上手に付き合っていくための方法を「アンガーマネジメント」と呼んでいます。
衝動的な行動を防ぐための「怒りの扱い方」
──アンガーマネジメントの具体的な手法には、どのようなものがあるのでしょうか?
大きく分けて2種類あります。1つ目はイラッとした瞬間にすぐにできる対処法、いわゆる短期的な取り組み。2つ目はすぐに結果はでなくても怒りづらくなるような体質になる、長期的な取り組みです。
たとえば、花粉症で鼻水やくしゃみがかなり出るとします。多くの人は、それを一時的に止めるために薬を飲みますよね。また根本的な治療のために食事の改善をしたり、漢方を飲んだりもする。アンガーマネジメントもこれと同じです。
──短期的な取り組みと長期的な取り組みの両方を行っていくわけですね。まず短期的な取り組みについて詳しく教えてください。
短期的な取り組みをするうえで大事なのは、「怒りに任せた衝動的な行動をしないこと」です。イラッとした瞬間に暴言を吐いたり物を投げたりしないようにする。
怒りを感じても6秒経てば理性が働くと言われているので、6秒やり過ごしましょうとお伝えしています。ただ何もしなくても6秒間待てればいいのですが、それは難しいですよね。
──そうですね、カッとなったら6秒も待てないと思います……。
そこで、6秒間をやり過ごすための具体的なテクニックをお伝えします。いろいろな方法がありますが、まずは「怒りの点数化」に取り組むことをおすすめします。10段階で0が全く怒りを感じていない状態、10は全身が震えるほどの人生最大の怒りを感じた状態だとして、怒りを感じた瞬間に、「今のは何点だろう」と考える方法です。
たとえば、部下が仕事で大きなミスを犯したときに怒りが湧いたとしたら、「部下も反省しているようだし5点かな」「前回も同じミスをしたし、8点ぐらいかも」と点数をまず考えてみてください。
点数をつけることに意識が向くので、怒りに任せた行動をしにくくなるということです。
つまり、怒りに任せた衝動的な行動ができなくなるわけです。
──とはいえ、怒りが湧いたときに点数化なんてできないと思ってしまいます。
中にはそういう人もいますね。ただ、アンガーマネジメントは「怒りと上手に付き合うための心理トレーニング」です。トレーニングですので、実践を繰り返さないと身につきません。ダイエットや筋トレと同じです。最初は上手くいかないことがあったとしても、続けていくことで習慣化され、上手くできるようになっていきます。