「いい依存」と「ダメ依存」の違いはなに?人生を楽しむ“杖”を手にして、よりよい人生を

ウェルビーイングを保つために大切にしていること

スマホやお酒、推し活、そして人間関係……。自分は何かに依存しがちかもしれないと、不安になるときはないでしょうか。

「依存はよくないこと」というイメージが強いでしょう。しかしメンタルについてSNSでさまざまな発信をしているバク@精神科医さん(以下、バク先生)は、依存には「いい依存」と「ダメ依存」があるといいます。

今回は依存メンタルの仕組みや、いい依存を増やして生きやすくするためのコツについて聞いてみました。

依存は“人間が生き残るための本能”

──「自分は何かに依存しがちかもしれない」と不安になる人は多いと思うのですが、そもそも「依存」とはどういうことなのでしょうか?

「依存」という言葉からは、アルコールやギャンブル、薬物などへの深刻な依存症をイメージするかもしれません。しかし、正確には「依存」と「依存症」は違います。依存は「何かに夢中になっている状態」のこと。一方で依存症は「何かに夢中になることで日常生活に何らかの支障が出ているにも関わらず自力ではやめられない状態」のことで、後者には医療などの専門的な介入が必要なのです。

たとえば、最近よく聞くネット依存について考えてみましょう。SNSやインターネットをチェックすることが好きでよく見ているだけなら「ネットを上手く使っているいい依存」ですが、それが仕事中もスマホを見ることがやめられず、上司から叱責されたり、ネットに夢中で夜ふかしをして体調を崩し出勤できなくなる……というところまでのめり込んでしまっているならば「ネットへのダメ依存」ですし、スマホの持ち込みが禁止されているところにまでスマホを持ち込んで、結果訴訟に至るレベルであれば医療的な治療を必要とする「依存症(病気)」といえます。

とはいえ、依存と依存症に明確な線引があるというよりは、その境目は段階的なグラデーションとなっています。

──「依存」というと自分には関係ないことと思いがちです。しかし、「依存症」ほど深刻な状況でなくても、何かに夢中になることは誰にでもありそうですね。

人は誰でも、何かに依存しているものです。それは人だったり、モノだったりさまざまでしょう。

たとえば視力が弱い人がメガネを使うこともある種メガネへ依存している、と言えます。人間はいろいろな道具や環境にうまく依存することで生き延びてきました。私たちの脳は、自分たちの種族が生き残ることに優位な行動をとる(頼る、依存する)と、「気持ちがいい(=快楽)」と認識するようにできています。

食べ物を食べると満足感が得られるのは、その代表的なことといえます。しかし、現代では原始時代のような生存の危機に陥ることはありません。その結果、余裕が生まれて、快楽を得るための依存先が、さまざまな趣味や嗜好や人間関係に広がっているのです。

例えば脳が何かに夢中になっているとき、その刺激をトリガーとして神経物質のドーパミンを放出して快楽を感じます。その刺激(ドーパミン)を得る方法がひとつしかないと、それをやめてしまうとドーパミンを得られなくなり、度合いによっては辛さを感じる人もいるでしょう。依存症の人が、依存しているものやコトをやめたくてもやめられないのはそのためです。

──「依存」は本人の性格や心持ちの問題というより、脳の仕組みに関係するということですね。

その通りです。何かに頼っている(依存している)人のことを一般論では「自制心が足りない」という根性論で語りがちですが、本来「依存」するということは、前述の通り生きていく上では必要不可欠な行動です。なので私は必要な依存はするべきだと思っています。

しかし依存先(夢中になっているもの)に振り回され、困っていても止められず、自分で状況をコントロールできない状態は「ダメ依存」です。その依存が進み、やめるためには医療などの他者の介入を必要とするほど、自分では制御不能な状態になると、それは「依存症」という病気です。何度も言いますが「依存症」は病気であり、自分の意思で状況をコントロールできる範囲をとっくの昔に超えています。なので依存症ではないか、と気付いた場合は、自分を責めず、専門の医療機関などで治療を受けることをおすすめします。

自分軸でコントロールできる「いい依存先」をたくさん持つ

──では、逆に「いい依存」とはどのようなことを指すのですか?

私が「いい依存」と呼んでいる行動は「それがあって生きていくのに張り合いが出る」ことに加え、「自分でコントロールできる」ことが大前提です。アイドルが好き、SNSが楽しい、お酒が美味しい……さまざまなことがその人の楽しみや生きがいになります。

しかし、ある日体を壊して「お酒をやめなくてはならない」と医者に言われた時、もしもお酒以外に人生の楽しみがなかった場合、やめたくてもやめられない状態になるかもしれません。

こういった時に、複数の楽しみや生きがいを持っていれば、突然生きがいや楽しみが全くない、という状態は回避することができます。

その上「お酒は飲めなくなったけど、浮いたお金でアイドルの押し活に割くお金を増やそう!」とか、「SNSで知り合った人から他の趣味を教えてもらおう」などで、失った頼る先を別の手段で補充する足がけにもなるかもしれません。

いい依存をするコツは「たくさん、広く」依存先を持つことがポイントだと思います。

このような「いい依存先」をいくつも持つこと。そして、それぞれの依存度合いを自分軸でコントロールできることが大切です。結果として心のリスクマネジメントをすることになります。

──たくさんの依存先を持つことが、「いい依存」への第一歩なんですね。ちなみに、最近増えている「依存」にはどのような傾向があるのでしょうか。

SNSやインターネットなどのスマホ依存の話をよく聞くようになりました。人間には生き残るために「情報を得たい」という欲求があるため、絶え間なく新しい情報が提供されるスマホを手放せないのは本能的なものなんですよね。

また、恋愛依存や母子依存など人間関係における依存に悩む人も多くいます。人間にとって、人とつながりたいという欲求も自然な感情です。人と出会い、人間関係を築くことは繁殖できる可能性が上がる=種の保存につながるので、こういった関係性に人が依存しやすいのは、ある意味当然と言えるでしょう。 

──バク先生は自身が「SNS依存」だと公言していますよね。SNSに夢中になることは、バク先生にとって「いい依存」なのでしょうか。

今は、食事中にスマホを見るのはもちろん、通勤途中でも信号などでクルマが停まったときにスマホをチェックすることもあります(笑)。一週間で平均13.5時間もスマホを見ていることもあり、睡眠と仕事以外はほぼスマホ漬けです……(笑)。

しかしスマホがないとイライラして自分をコントロールできなくなるのかというと、そんなことはありません。私はSNSを見ることのほかに、読書をすることも好きです。だからスマホがないときは本を読めば良いかな〜と、別のことに気持ちを切り替えますし、スマホを忘れてもいちいち家に取りに帰ったりもしません。ほかにも好きなバンドの推し活など、いくつも依存できる対象を持っていることが、私の強みになっています。私にとっては、依存メンタルが人生を楽しむ「杖」になっているんです。

──「依存メンタルは人生を楽しむ『杖』」というのは、非常に印象的なフレーズですね。

理想的な「いい依存先」、つまり人生の杖は「こうしたら見つかる」というものではありません。人それぞれ違うように、その人にとっての「いい依存先」も異なります。ただ、達成感を得られるものは「いい依存先」の候補になりやすいでしょう。たとえば、資格取得や運動に挑戦して目標を達成することに脳は大きな喜びを感じます。

推し活もおすすめの依存のひとつです。推しがいることで、平凡で単調な毎日にやる気と喜びを感じられます。私は推し活がきっかけで人生を大きく変える決断ができました。

大学病院に残るかどうか悩んでいたときです。厳しい労働環境でしたし、ここで本当にやりたいことができるのかと悩んでいました。先輩や周囲の仲間は、「みんな我慢して続けているのだからおまえもがんばれ」と言いますが、本当にそれで良いのかと…。

そんなとき、高速道路を走っているときに、もともとファンだったバンドの曲の「さあ 出発(たびだ)つ時刻だぜ 時代が変わる」というフレーズが流れてきて、突然吹っ切れたんですました。それまで大学病院の医局で過ごした時間を未来のために大学医局からの決別、いわば「損切り」をすると決め、自分の人生の舵を自分で取ると決断。大学病院をやめて新しいチャレンジに挑むことにしました。

思い通りにいかないことに執着や依存せず「損切り」する

──思うようにいかないことに執着するより、それを早めに止めるようにすることが大事なんですね。

その通りです。早めに気持ちを切り替える=自分の中でさっさと「損切り」をすることは、「ダメ依存」に陥らないためにも、とても大事なポイントになります。「ダメ依存」になりかけているのにやめられない理由のひとつが、「こんなに時間や労力を費やしてきたのに」と考えてしまうからです。

人間関係で考えるとわかりやすいでしょう。別れた恋人のことが忘れられず、いつまでも執着して悩んでしまうとします。これは「損切り」がうまくできていないということ。自分が過去にしてきたことを回収できず損をするのは嫌だ、もっと満足できる状況でなければと我慢できないという状況ですよね。どんどん余裕がなくなり、視野が狭くなる。つまり、「ダメ依存」に変わってしまうのです。

しかし、「どうして自分ばかり」と考えても、キリがありません。望まない状況だとしても、「どうしてだ!」「なぜこんな目に!」と執着したところで、相手や状況を変えることはできないのです。それよりも過去を思い切って損切りし、別の依存に気持ちを向けるほうがメンタルを健全に保つことができるでしょう。

──著書では、「ダメ依存」に陥りやすい人の傾向として、幼少期に自己肯定感を育めなかった場合をあげています。それはどういう理由からなのでしょうか。

人が人生で最初に所属する集団が「家族」です。子ども時代に親にほめられたり、愛情を感じたりしてドーパミンを多く得ることで、「ドーパミンを得る手段はいくつもある」ことを成長過程で体得していきます。

しかし、幼少期に親からほめられたことがない、ネグレクト(何らかの虐待)をされていたなどの場合、ドーパミンを得る体験をすることができません。親からいつも評価されず、否定されながら成長すると「自分はダメな子なんだ」「できないから依存するんだ」という考えが根付いてしまい、自己肯定感が育たないのです。

自己肯定感の低さは、大人になっても大きな影響を及ぼします。他人に認められるわけがないという自己否定が根っこにありがちです。そんな自分を支えるために、せっかくできた依存があったとしても、多くのことに依存して良いという認識が少ない場合、一つのことにのめり込んでしまいやすくなります。

何度も言いますが、一つのことだけに依存すると、それをコントロールすることが難しくなりやすいです。なぜなら「これしかない」と執着し、徐々に振り回されやすくなるからです。

──そのような環境で育った人は、どうしたら「ダメ依存」にはまらず「いい依存」を増やせるのでしょうか。

自分で「自分の育て直し」をすれば良いと私は考えています。大人になってからでも遅くはありません。これは私自身の経験を踏まえたアドバイスです。

私はADHDという特性を持っていることもあり、子ども時代に親からほめられたことがほとんどありませんでした。そのため、私の自己肯定感はとても低いものでした。しかし、あるときから、「自分で自分をほめまくる」と決めたんです。自分がやりたいこと、好きなことにどんどん夢中になることを許可して、ささいなことでも自分をほめるように意識するようにしました。

意識的に自分をほめ続けることで、徐々に「そうだ、自分はこのままでいい」と少しずつ思えるようになり、何かに依存しなければ不安でたまらない「ダメ依存」からも、少しずつ距離を置けたように思います。

──最後に、何かに依存しがちな自分に不安を抱えている人たちに向けて、メッセージをお願いします。

何かに依存することは人としてごく自然な行為です。その依存を自分でコントロールできること、つまりやめようと思えばいつでもやめられる状態であることが重要となります。

そのために多くの「いい依存先」を持ち、人生を楽しんでみませんか?「いい依存」は、人生をよりよく生きる支え=「人生の杖」です。杖が1本だけでは、折れたりなくしたりすることもありますが、たくさん杖があるほど安心できますよね。いろいろな「いい依存」=人生の杖と共に人生の荒波を乗り切りましょう。

久遠秋生

久遠秋生

フリーランスライター。料理から子育て、ITベンチャーの起業家インタビューまで幅広く 手掛ける。女性メディアやビジネスメディアで「人間関係の疲れ」や「レジリエンス」な どメンタル記事を取材・執筆。

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