「自分の人生を生きてない」の言葉から、前野マドカが見つけたもの

ウェルビーイングを保つために大切にしていること

「毎日、気分よく過ごしたい」そう願っていても、実際は、他人の意見が気になったり、どうしようもない社会情勢の影響を受けたりして、感情をコントロールするのも一苦労です。

そんな方に知ってもらいたいのが、「ウェルビーイング(well-being)」という言葉。

ウェルビーイングとは、世界保健機関(WHO)憲章の前文でも使われている古くからある健康と相関関係にある要素で、近年メンタルヘルスへの関心が高まるのと比例して、注目を集めています。

今回は、一般社団法人ウェルビーイングデザインの理事として、自ら起業した会社の代表として、そして「自分も周りも幸せにしたい」と願う一人の人として、ウェルビーイングに関する発信活動を行う前野マドカさんに取材しました。

前野さんの経験やウェルビーイングの考え方には、満ち足りた自分を保ちながら毎日を過ごすためのヒントがたくさん詰まっていました。

「“あなた自身”の夢はなに?」その一言で人生との向き合い方が変わった

──前野さんにとって、ウェルビーイングとはなんでしょうか?

ウェルビーイングは、文字通りに解釈をすると「良きあり方」や「よい状態」という意味です。私自身は、「自分が心地よく過ごすことができていて、なおかつ自分の周りにいる人々も心地よく過ごしている状態」だと考えています。

喫煙や肥満などの生活習慣に関わるものは、生活を同じくしている人にも「うつる」ということが研究でわかっています。これは幸せも同じなんです。

人は生活しているだけで、周りの人へ影響を与えています。同時に、自分も周りから多大な影響を受けているんです。そのため、自分のウェルビーイングを実現するためには、環境である周りの人々のウェルビーイングにも関心を寄せることが必要だと考えています。

──前野さんの現在の仕事と、ウェルビーイングを広めるようになったきっかけを教えてください。

私は現在、EVOL株式会社の代表を務めています。また、夫である前野隆司が代表理事として運営している一般社団法人ウェルビーイングデザインの理事です。具体的には、ウェルビーイングや女性の生き方、育児に関する講演会活動やワークショップを開催しています。さらに、幸福やパートナーシップに関する本も複数出版してきました。

講演や執筆などの発信活動を通じてウェルビーイングを広めるようになったきっかけは2つあります。

1つ目は、夫が幸福学の研究をしていることです。夫はもともと慶応義塾大学の理工学部機械工学科の教員をしていました。そこでロボットの研究をするうちに「人の心のメカニズムを解明したい」という思いを夫は強く持つようになりました。そして、専門を幸福学へと変更したんです。

夫が幸福学の研究に熱中するにつれ、自然と私も幸福について考える機会が増えました。そして、ウェルビーイングという考え方に出会いました。

2つ目は、アメリカで生活していた頃の体験です。私が35歳のときに夫のハーバード大学留学に伴って、家族4人でアメリカに移住しました。

昼間、夫は大学へ行くので、私は0歳と4歳の子どもと一緒に公園で遊ぶことが多かったんです。そこには、やはりハーバード大学で学ぶためにアメリカ移住したご夫婦が世界中から集まっていました。

──前野さんにとって大きな環境の変化が訪れたんですね。

公園へ通ううちに、顔見知りの方も増えました。そんな時、ある人に「マドカの夢はなに?」と聞かれたんです。私は堂々と、「この子たちを立派に育てることが私の夢です」と答えたのですが、相手は驚いた様子でした。私は自分の発音が悪くて聞き取れなかったのかもと思って、今度はより大きな声で、同じ答えを繰り返したんです。

「子どもを立派に育てたい」と言う私に、その人は再度聞きました。「それはとても大事なことよ。けれど、あなたの母親としての側面の話でしょう。あなた自身の夢はなに?」と。そして、「自分の人生を生きていない」と指摘されました。

「子どもが育った後も、あなたの人生は続くでしょう。それに、のびのびと育ってほしいと願っているのに、人生のすべてをかけられていたら、子どもにとっても重荷になる」そんなふうに言われました。「人生の目標や、自分が本当にやりたいことを見つけたほうがいい。当然、私達はそれを持っています」とも。私にとって、そのメッセージは衝撃でした。

そこで出会った人たちはみんな、何かしらを学ぶためにアメリカに来ていました。朝から晩まで子どもと過ごしているのは私だけでした。

──子どもを軸に生活をしていた前野さんに、大きな問いが与えられたんですね。子育てを始める前から、「母親になったら子育てに専念したい」と考えていたのでしょうか?

大学卒業後に商社に就職をして、その後にサンフランシスコ大学に留学しました。卒業後、日本に帰国し、外資系コンサルティング会社で働いていました。その時に妊娠が分かりました。育休を取得して、仕事に復帰する選択も夫は応援してくれましたが、人の成長に興味があった私は、子育てに専念することにしたんです。

──出産を機に、人生の主軸が変化する方は多いですよね。

アメリカで主体性を持って自分の人生を生きる大事さを教えてもらって、帰国してから、子育て世代の環境が抱える課題にも気付けるようになったんです。

日本の幼稚園で知り合ったお母さんたちは、「子どもの幸せ」を願って育児を頑張っていました。そのゴールである幸せは、子どもそれぞれ違っているはず。けれど皆が、学習塾に入れたり習い事を掛け持ちさせたり……「こうすることで成功できる」という世間に決め付けられたエリートコースを進ませようとしていました。

「自分の人生に軸を持つ」という視点ができたことで、「子どもの人生にも私とは違う軸がある」と考えられるようになったんです。

親の思い込みによる育児で、子どもの特徴や個性を潰し、可能性を狭めてしまうかもしれない。そんな危機感を持ち、人生に主体性を持つことの大切さを伝えたいと考えるようになりました。

その後、アメリカで学んだことを広めようと、親世代に向けた発信活動を始めます。具体的には、行政から委託金をもらい「子育てのヴィジョンを考える会」を立ち上げ、親世代に向けたワークショップを開催したり、子どもが通う学校のPTAで8年間活動したりしました。

ポジティブな感情に目を向ければ、“ありたい姿”が見えてくる

──「自分自身の人生を生きたい」と考えても、やりたいことがわからない人も多そうです。見つけ方はありますか?

「やりたいことがわからない」「理想の自分って、どんなふうだろう?」と悩んでいる方は、感情にいつも注意を払って生活をすることから始めてみてください。

自分が幸せやわくわく、嬉しさを感じる瞬間を集めていると、段々と「こうありたい」と思える姿が見えてくると思います。

また、嫌な気持ちになったり、不快感を抱いたり、つまらない思いをしたりした時の出来事や状況も覚えておいてほしいです。感情に意識を向けていると、自分がネガティブな状態になってしまうパターンも把握できるようになります。負のパターンに陥りそうになった時は、自分をご機嫌にできる方法を試しましょう。

そうやって感情を俯瞰して、よい状態に持っていけるような工夫を取り入れれば、結果としてウェルビーイングが実現できると思います。

──人間関係が発端で、ネガティブな感情を抱きやすい人も多いと思います。他人と生きる上でどのような姿勢でいるとよいでしょうか?

まずは、多様な価値観があることをしっかりと理解するのが大事です。私はアメリカでの生活で、肌や目の色、宗教、生まれた環境など、はっきりと「違う」と感じる人たちと出会いました。違いを認め合って、各々が誇りを持って生きながら、同じコミュニティに所属するために譲り合う姿を見て真に多様性がわかったんです。

私自身、「人それぞれ違う価値観を持っている」と頭ではわかっていても、自分の価値観を否定されるとショックを受けてしまいます。しかし、違いをわかっているから、過剰に傷つくことはありません。

ただ、どうしても許せない、憤りを感じる他人の言動などもあると思います。そんな時は、「この人もかつては、赤ちゃんだったんだ」と考えるようにしています(笑)。

誰しも生まれた時は純粋な存在で、根本的に悪い人はいません。たまたま育った環境や出会った人の影響で、誰かを傷つけるような言動をとるような価値観を形成してしまうこともあるんですよね。

「環境がこんな発言をさせているんだろう」と、嫌な気持ちの矛先をその人自身から逸らすことで、自分の気持ちをコントロールすることができています。

予測できない日々を生きるために必要な“ゆとり”

──誰かの言動で嫌な気持ちが芽生えた時の、ウェルビーイングであるためのヒントですね。他に、日々の中で取り入れていることはありますか?

私は、1日の終わりにいつも「私は今日もよく頑張ったね」と自分を褒めています。

「今日を何事もなく終えられる」ことって、他人への気遣いや、目の前の仕事への一生懸命さの上に成り立っています。普通であることは、頑張った証です。

「傷つきやすい」と感じている方は、謙虚で人に優しい方が多いように感じています。他人のために頑張ったり、迷惑をかけないように自分の気持ちを押し殺したりして過ごしているのではないでしょうか。とても素晴らしい心遣いにもかかわらず、その人にとっては「普通」の振る舞いなので、褒められる機会も少ないと思います。なので、自分で自分を褒めてあげてください。

そうやって自分の得意なことや素晴らしいところに目を向ける癖がつくと、自分のことを大事にする気持ちも育まれていきます。

──病気や社会情勢の変化など、突如として困難に見舞われることもあります。コントロールできない物事とは、どのように向き合えばよいでしょうか?

「とりあえず置いておく」ことのできる“ゆとり”が大切です。

生きていれば、思いもよらない出来事が起きます。予測ができないことなので、起こってしまったら、それを乗り越えていくしかない。しかし、突然の出来事に衝撃を受けて、すぐには乗り越えられないこともありますよね。そんな時は目をそらさずに、受け止めて、とりあえず心のどこかに「置いて」みましょう。一旦置く、という意識でその出来事を見つめてみてください。

そうすることで、いつかこの出来事を乗り越えられる自分を目指して、未来を見つめて進むことができます。未来の自分を意識すると、おのずと今すべき行動も見えてくるはずです。

この「置いておく」を実践できるためには、心のゆとりが必要です。誰にも予測できない人生を生きるために、常にゆとりを確保しておきたいものです。ネガティブな感情でいっぱいにならないように、日頃から感情をコントロールできるように意識できるとよいですね。

野里 のどか

野里 のどか

フリーライター。社会福祉士の国家資格取得を目指し、専門学校で学んでいる。両親の離婚・再婚、精神的虐待、うつ、セクハラ被害、友人を亡くした経験を持つ。LGBTQ/家庭/子どもの人権に関心あり。

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