自分の考えはすべて「思い込み」かもしれない。マジックドクター・志村 祥瑚が生きづらさの先に見つけた希望

ウェルビーイングを保つために大切にしていること

今回お話を伺ったのは、ラスベガスで開催されたジュニアマジック世界大会で優勝経験のあるマジシャンであり、精神科医としても働く志村祥瑚さん。2020年の東京五輪で女子新体操のメンタルコーチも務めています。

マジシャンと精神科医、一見つながりがなさそうな2つの仕事。しかし、志村さんはこの2つをかけ合わせて診療を行ったり、講演を行ったりしています。

「マジシャンか精神科医、どちらかを選ばないといけないと思い込んでいました」と語る志村さん。20歳の頃には、この二者択一に深く葛藤し、うつ病を患ったこともあるのだそう。そこからどのように立ち直ったのか、詳しく伺いました。

「マジシャン×精神科医」すべての仕事に共通しているのは固定観念を外すこと

photo by Shunichi Oda

──志村さんは「マジシャン」と「精神科医」をかけ合わせて、さまざまなお仕事をされていると伺っています。

この前だと、横浜流星さん主演の映画「嘘食い」の劇場プログラムに出演させていただきました。

「激レアさんを連れてきた。」や「スッキリ」等テレビ出演もありますが、週に1回はメンタルクリニックの精神科医として現場に出ています。またメンタルコーチとして、五輪アスリートや芸能人、経営者の方々のサポートをしています。努力する人ほど、視野が狭くなりがちなので、固定観念を解いて結果を出すお手伝いをしています。

他にも、全国で呼ばれる講演会では中学や高校などで生徒さん向けに自分らしく生きる方法について話したり、カウンセラー協会の方々に技術指導をしたり、企業経営者の集まりで、従業員の能力を引き出す心理法則をアドバイスしています。

──新体操・世界選手権で史上初の金メダルをとったのは、多くの人に感動を与えていましたね。

ありがとうございます。もちろん彼女等が頑張ったからですが、メンタル面で能力を引き出すサポートができたのかなと思っています。

このオリンピック選手が受けるメンタルトレーニングを、一般の方にもぜひ受けていただきたいと思って、「LIMITLESS」というブランドを立ち上げました。「LIMITLESS」は世界初の体験型のメンタルトレーニングプログラムで、マジックを使って脳のリミッターを外そうと試みるものです。

具体的には、4つのマジックキットが自宅に届き、それを使ったマジックを週に一度zoom上で教えます。マジックは人の意識を操って、騙す技術です。そのため、どんなトリックがあるのか、どうやって相手を騙すのかを知ることで、人間の意識にいかに盲点があるのかということも学べます。

最終的には、人間の盲点を知った上で個人の能力開発をしていくことが目的です。2022年の春、正式にリリースする予定です。

──本当にたくさんのお仕事に取り組まれていますね。

色々行ってはいるのですが、すべて「固定観念を外す」という部分で共通しています。マジックを見せて、種明かしをすることで、自分がいかに思い込みにとらわれているのかに気づいてもらうんです。

人はマジックだけではなく、日常生活の中でも色々な思い込みをしています。例えば、周囲の人と上手くコミュニケーションがとれず、仕事も、恋愛も、うまくいかないことで、「自分は嫌われている」と考えている人がいるとします。深く悩んでいて、閉塞感を抱いているとしましょう。

そのような人の可能性を広げるのが、ぼくの仕事です。「自分は嫌われている」という考えは、思い込みかもしれない。マジックと同じように騙されているかもしれない。自分が気づいていない盲点があるかもしれない。そのようなことを、マジックを通じて感覚的に理解してもらっているんです。そして、その人が向かいたい方向に進んでいくためのサポートをしています。

──事実だと錯覚していることに気づかせる、といったイメージでしょうか?

そうです。

人が考えていることは幻想かもしれません。ただそれを言葉だけで伝えるのはすごく難しいもの。自分は嫌われていると思い込んでいる人に「いやいや、あなたは好かれていますよ」と言っても、なかなか信じてもらえないですよね。「いや、私なんか」「でも、実際こんなことがあって」と否定されてしまうのがオチです。

マジックであれば、思い込みにとらわれていることをダイレクトに伝えられるんです。

マジシャンか医者。二者択一に葛藤し、うつ病を発症

──そもそもマジシャンを目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

マジシャンになろうと思ったのは、父の影響です。父は、弁理士の仕事をしながら趣味でマジックをたしなんでいました。家にマジック道具が山程あって、よくマジックを見せてくれていたんです。

すごく不思議なことが目の前で起こるのですが、トリックを教えてもらうとすごく単純で……。当時は、「人ってこんな簡単なことに騙されるんだ」と衝撃を受けました。そこからマジックにハマっていったんです。

──お父様の影響でマジックにのめり込んでいったんですね。

はい。

一方、母方の親族がクリニックを経営していたので、小さい頃から「医者になりなさい」と言われ続けていました。別に医者になりたいわけではありませんでしたが、継ぐ人が他にいなかったので、仕方なく……。

もちろん、一生懸命勉強はしました。中学から慶應義塾の学校に通い、そのまま内部進学という形で慶應義塾大学医学部に入学。ただ、そこで燃え尽きてしまったんです。そして気づいたら、留年していました。唯一の逃げ道だったマジックで、コインを消していたら、大学の単位まで消してしまったわけです(笑)。

──必要なものまで消してしまったんですね(笑)。

はい(笑)。それがかなりショックで、1ヶ月ぐらい寝込んでしまいました。それまで「100点を取って当たり前」みたいな家庭で育ってきたので、人生で決して消えない赤点がついてしまったな……と。

こうなったらマジックの方で挽回するしかないと思ってマジックに一層力を入れていきました。そして20歳のときに、ラスベガスのジュニアマジック世界大会で優勝することができたんです。

でも、そこからうつ病になってしまって。

──え!? 大会で優勝したのに?

これから医者をやるのか、マジシャンをやるのかで悩んでしまったんですよ。

マジシャン一本でやっていく勇気もない。かと言って、医者になるのは親に敷かれたレールを走るようで嫌だ。どうしたらもっと自分らしく生きられるのかがわからずに、人生に希望が持てませんでした。

佐藤純平

佐藤純平

1990年生まれ。フリーランスのライター兼ライフコーチ。うつ病で引きこもりの兄を持つ。

関連記事

特集記事

TOP