“うつ病”のレッテルを剥がさないと、社会に戻れないわけじゃない。私が見つけた自分らしい働き方

今、自分がここにいること

メンタルが不安定となり、できないことがどんどん増えていく──。小学校教師でイラストレーターのusaoさんは、2020年末、そんなうつ病に陥りました。年度末には退職し、そのまま暗闇のトンネルの中にいるような日々を過ごします。そんな闘病中の自分の状態をイラストで記録し、SNSで発信。2022年7月には『今のわたしになるまで』として出版されています。

メンタルが少しずつ安定してきた今、うつ病を経験したからこそわかる、当時の自分について、そしてイラストをSNSで発信することで得たものについて伺ってみました。

もう、がんばれない──。うつ病で心が真っ暗に

──usaoさんは、2021年2月に小学校の先生を休職、その後退職。今振り返ったときに、何かうつ病になるきっかけがあったのでしょうか?

「これ」という決定的なきっかけがあったわけではないんです。強いて言えば、いろいろ頑張りすぎていたということ。学校という組織の中で、「もっとなんとかしたい」という気持ちが強すぎて、自分でも知らないうちにいつの間にか心に大きな負担がかかっていたんだと思います。

──usaoさん自身、「もうダメかもしれない」と感じる出来事はあったんですか?

予兆は何年も前からあったんです。出勤する車の中で急に涙がでてきたり、失敗したことがいつまでも頭から離れなかったり。「これはちょっと普通じゃないかも」と思っていました。ただ、学校は3月の年度末をすぎると環境がガラッと変わります。とりあえず3月までなんとか頑張ろうとだましだまし過ごしてきたのが、もうごまかせなくなりました。

2020年の終わり頃から、ネガティブな考えが頭から離れないことが学校でも起きるようになって。子どもたちの前でも「消えてしまいたい」「私がいる意味なんてないんじゃないか」「家に帰りたい」「辞めたい」という気持ちが次々と浮かんできました。

それまでは学校にいるときは大丈夫だったのに、そこにも不安定さが侵食してきた。もう、どこにいても頑張れないんだ……。そうなったときに、自分のメンタルの危うさを真剣に受け止めざるを得ませんでした。

──メンタルが危ないと感じて、どう対応したのでしょうか。

冬休み直前だったので、とりあえず冬休みまで頑張ることに決めました。そのあとは年度末の3月まであと少しです。冬休み中に立て直して3月までは続けなくては、と考えていました。

今思うと、その「続けなくてはいけない」という思考そのものが、自分を追い詰めていたのかもしれません。結局、冬休み中に状態が落ち着くことはありませんでした。その頃、勇気を出して心療内科も受診しました。

欲しかったのは「頑張って」ではなく「辞めていいんだよ」という言葉

──心療内科に行ったことで、状況はよくなりましたか?

病院で診てもらったから、すぐによくなるというものでもありませんでしたが、心にたまっていた不安や不満をワンワン泣きながら話すことができました。次から次へと言葉が出てきて、吐き出せたのはすごくよかった。自分はこんなにもつらかったんだな、と改めて気づきました。

何かが解決したわけではありませんでしたが、心療内科の先生に心の内を聞いてもらったことで「一歩踏み出せた」という感じがあったのは確かです。

──冬休みが明けて、ほどなく休職。その後、3月で退職することになるんですよね。

ちょこちょこ休みながら出勤していたんですが、1日や2日休んだからよくなるわけもなく。同僚の先生も心配して「大丈夫?」と声をかけてくれるんですが、その言葉すら正直、重かったです。そんなとき、一人の先生が「早く辞めたほうがいいぞ!」と明るく声をかけてくれて。その言葉に背中を押されて、休職を決めました。

自分でも「辞めたほうがいい」というのはわかっていたんです。でも、「3月までは辞めるべきじゃない」という呪文を自分で自分にかけていた。「大丈夫?」「無理しないでね」という優しい言葉をたくさんかけてもらったんですが、あのとき私が本当に欲しかったのは「辞めていいんだよ」という言葉でした。

──実際に休職、退職したときの気持ちはいかがでしたか? 

休職を決めたときは「ヤッター!」という感じです。これで気兼ねなく休める!って。休職したら、そのまま退職することになるだろうと予想していました。

学校の先生は、メンタルが原因で休職する人がかなり多いんです。休職するとそのまま復帰できずに辞めてしまう人を何人も見てきたので、自分もそうなるんだろうな、と。

実際に学校を辞めたときは、とにかく「ただの人間に戻りたい!」と思っていました。うつ病になった途端、「うつの先生」というレッテルが貼られてしまった。教師の仕事を辞めることで、「うつの先生」というレッテルから自由になって、ただのひとりの人間としてリセットできると思ったんです。

うつ病にむしばまれた心の動きをイラストに描き、SNSで発信

──先生の仕事を辞めてからは、どんなふうに過ごしていたんですか?

イラストを描くのに没頭していましたね。描いたら、それをTwitterにバンバン上げて、という感じです。もう学校の先生じゃないんだからと、自由な立場で自分のメンタルの状態や考えを思った通りにイラストにして発表していましたね。

──Twitterでの発信は、usaoさんにとって疲れ切った心を癒やす作業だったのかもしれませんね。

誰かに読んでほしくてイラストを描くというよりは、そのときの自分の気持ちをイラストに残したいという気持ちでやっていました。描くことで、自分を俯瞰できていた部分もあると思います。

もちろんSNSでいいねをもらったり、「同じ経験をしました」といった共感や応援のコメントをもらえるのは、うれしかったです。顔も知らない誰かから自分が認めてもらったようで、大きな糧になっていました。

──休んでいる間は、ほかにも何かやってみたことはありますか?

基本的には、家にこもって寝ているのではなく、何かしたいという気持ちのほうがつよかったです。逆に、何もしないで休んでいるだけだと、これから先のことが不安になって押しつぶされてしまいそうでした。

でもできることは少ないので、仕事の資料を片付けたり、花をベランダで育てたり。出歩けなくても、近くのパン屋さんにお昼のパンを買いに行こうとか。

元気になれるかもと思って、海や山、温泉に出かけたりもしました。でも全然、逆効果で(笑)。美しい自然を見ても、それに感動して癒やされるどころか、ネガティブな気持ちになるばかりだったんです。海を見ているとふと飛び込んでしまうんじゃないかと自分が怖くなったり。周りの人たちは楽しそうにしているのに、その環境を楽しめない自分がつらかったですね。

あとから考えると、まだ動いちゃいけない時期だったんだと思います。元気になるために何かをするにも、エネルギーは必要です。それができるほど、そのときの自分にはエネルギーがなかったんですよね。

久遠秋生

久遠秋生

フリーランスライター。料理から子育て、ITベンチャーの起業家インタビューまで幅広く 手掛ける。女性メディアやビジネスメディアで「人間関係の疲れ」や「レジリエンス」な どメンタル記事を取材・執筆。

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