家族関係の悪化や子育ての悩み……さまざまな理由から孤立感・閉塞感を抱いている人は少なくありません。
フリーライターの遠藤光太さんは、自身はじめての著書『僕は死なない子育てをする 発達障害と家族の物語』で次のように記しています。
「法さえも入れないほど、家の扉は閉ざされやすい。親密な関係の危険性があるからこそ、僕たちの家には外からの風を入れたい」
自身が発達障害だとわかり、生き方や家族の在り方を捉え直した遠藤さん。そのうちのひとつに、自身の発達障害や家族関係を「外に開く」ことがありました。その考えに至るまでの道のり、発達障害や家族関係を外に開くことで起きた変化とは──。
時間、環境、家族関係…すべてが絡み合って起きたメンタルダウン
──改めまして出版おめでとうございます!最初に、『僕は死なない子育てをする 発達障害と家族の物語』を書こうと思ったきっかけを教えてください。
苦しかった時の自分が、「こういう本あったら助かったな」と思うような本をつくりたかったんです。
発達障害だとわかったのが26歳のときだったのですが、それまですごく苦しい思いをしました。幼少期の不登校から始まり、大学時代のうつ症状、メンタルダウンによる休職、夫婦関係の破綻……。「何が原因でこんなにうまくいかないんだろう」という状態が26歳まで続き、自死を考えたほどです。
26歳になってやっと発達障害だとわかったものの、正直どうしたらいいのかわかりませんでした。本やインターネットで調べても「発達障害に向いている仕事は〇〇」「特性はこういうもの」といった情報しかなくて、しっくりこなかったんですよね。
特性や発達障害についての理解を深めることはもちろん大切ですが、僕が苦しんでいたのはそれだけが原因じゃなかったので。
──苦しみの原因は、ほかにどのようなことがありましたか?
問題の根源には発達障害がありましたが、自分の当事者性が混ざり合って苦しい状況に追い込まれていたんです。
男性・夫・父親・発達障害者・休職経験者・保育士のパートナーなど、僕が持ついくつもの当事者性が複雑に重なった結果、何もかもうまくいかず生きることさえギリギリの状態になってしまった。そのことを伝えたくて、本書にはなるべくいろんな要素を詰め込みました。
──たしかに、発達障害当事者でも子育て経験者でもない私(聞き手)のような読者も、頷きながら読めました。ジェンダーやキャリア、コミュニケーションなどさまざまな要素が詰め込まれていたように思います。
ありがとうございます。おっしゃるように、読者は発達障害当事者ではないかもしれないし、子どもや配偶者がいないかもしれない。当事者性は人によって異なります。
だからこそ、どういった環境・時間・人間関係を経てメンタルダウンしたのか、反対に何をしたらうまくいくようになったのか、変化の過程を複雑なまま伝えたかったんです。
また、「発達障害 × 父親」の情報がすごく少ないことも感じていて。子育てをするにあたってロールモデルが見当たらず、試行錯誤しながら一歩ずつ進んできたので、その過程を記すことで誰かの役に立てばいいなとも思っています。
発達障害・家族関係をオープンにしていくことで起きた変化
──本書には、遠藤さんが苦しいとき、小説や日記を書くことで救われていたことが書かれています。遠藤さんにとって書くことにはどんな意味があったのでしょうか?
2014年、病院で休職を勧められたときに本格的に日記を書き始めたのですが、書くことで現実逃避をしていました。
今思うと、リフレーミング効果(違う視点で捉え、別の感じ方を持たせる)もあったように思います。書くことで自分の気持ちをほんの少しだけ整理できるというか。また、妻に日記を読んでもらい、自分の考えやつらい気持ちを「外に開く」ようにしていました。
ある日、日記を読んでいた妻に「あなたの日記には“僕”が多いね」と言われて。日記を読み返してみて、確かに自分のことばかり考えていたなと気づいたんです。そうやって過去を振り返ったり、そこからまた気付きを得たりすることもありましたね。
──現在は、フリーライターとして取材・執筆を仕事にされています。ご自身の発達障害の特性で、「決まったルーティンを好み、予期せぬ出来事が起こるとストレスになる」と書かれていましたが、ライターの仕事はルーティン作業とはかけ離れていませんか?
そうですね。いまだに取材前は気を張っていますが、1日のうちの限られた時間なので苦にはなりません。
時間や場所の融通が利くフリーランスの働き方は自分に合っていて、僕が兼業主夫となり保育士で多忙な妻との連携も図れた。健全な家族関係が築けるようになっていきました。
会社員だったときは感覚過敏の特性により、満員電車やオフィス環境の雑音、電話の音などに、一日中緊張していましたから。週5日、1日8時間以上その状態が続いているので、毎日何も手につかないほど疲れていたんです。
──特性を理解しうまく付き合っているんですね。本書では、特性理解が進んでから徐々に人生が立て直されていった印象を受けました。どのように理解を深められたんでしょうか?
はじめは、テレビを見たり本を読んだり、インターネットで情報を検索したりしていました。でも、SNSを通じて発達障害の当事者と知り合ったことが大きかったですね。リアルな声から情報を収集するのが、一番役に立ちました。
当事者同士で情報交換もしていましたし、発達障害あるあるを言い合うだけでも気持ちが楽になったんです。
──自分をオープンにしていくことも大切なんですね。
差別や偏見はなくならないので、オープンにすることがいいとは言い切れません。でも、ひと言「しんどい」と言える場所があるといいと思います。
2年前、コロナ禍で家族以外との関係が希薄になったとき、少人数のライターコミュニティを立ち上げました。いまだに週1回オンラインで顔を合わせていて、悩みを吐き出せる大切な居場所になっています。
つながりが家族のみだと、依存したり風通しが悪くなったりしますよね。家族関係を健全に持続させたいからこそ、心理的安全性(自分の考えや気持ちを、安心して発信できること)が高い居場所を複数持っておくことを意識しています。
「一人で背負わなければいけないことは、実は少ない」と気づいた
──本書では、自分自身や家族関係を外に開いていくことで、遠藤さんの心情が変化していく様子が印象的でした。外部とのつながりを持つことで、どんな変化がありましたか。
いろんなつながりを積極的に持つようになり、「自分一人で背負わなければいけないことって、実はこんなに少ないんだ」と気づきました。
今では10を超えるコミュニティに属しています。家族やライターコミュニティをはじめ、読書会や学生時代の友達同士のグループ、地域のつながりやパパ友など、関係性の濃淡はまちまちですけどね。
──外に開いていこうと思えたきっかけはなんだったのでしょうか?
病院に行くことでやっと眠れるようになったり、毎日書いていた日記を妻に読んでもらってつらさを和らげることができたりしたことがきっかけです。
他者を介在させることで状況が好転する経験を重ねていくうちに、外に開いていったほうがいいんだと思えるようになっていきました。
一人で解決しようともがいていた時期もありましたが、視野がどんどん狭まって状況は悪化していく一方でした。当時は、「自分は頑張っている」と思うことがひとつの逃げ道になっていたのだと思いますが、それではうまくいかないと身をもって知ったんですよね。
──かつての遠藤さんのように、障害やメンタル事情、家族関係の悩みを一人で抱え込んでしまう人は多いのかなと感じます。そういった方は、どんなことから始めるのがいいと考えますか?
そうですね……。無理にオープンにする必要はないと思いますが、匿名でSNSをやってみるのもひとつの方法だと思います。
まずは、自分が抱えているつらさや悩みを吐き出してみる。僕にはこの方法が有効でした。SNSには匿名性があるので、周囲を気にせず本音を吐き出せます。SNSに依存しやすい人は注意が必要ですが、当事者同士のつながりができれば視野が広がったり、違う考え方にシフトできたりするかもしれません。
SNSが苦手・自己開示することに抵抗があるという方は、日記から始めてみるのもおすすめです。他人に伝える前に、悩みや考えていることを「自分の外に出す」練習をしてみるといいと思います。